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サリエリにはなれない

   凡庸なる者の守り神

世界中の子と友達になれる

2012/02/10 08:20 art museum | com:2 | edit






絶望について





松井冬子は活発な少女だったのかもね。
幼少時、友達を作っていく過程で、彼女は、このまま“世界中の子と友達になれる”と、確信したんだそうです。

けれどその後、当然彼女は知るわけね。
決して、世界中の子と友達にはなれないことを。

そして同時に、ある重大なことに気付く。
体験した、が正しいかな。

確信が誤る。
確信も誤る。
確信でさえ誤る。

確信とは、「絶対」に近い感覚だと思います。
覆る筈がないのです。
それが覆った。

うん、これが、絶望を体験するということだよね。


更に、更にです。
こういうアレな感じなことって、考え出せば切りがなく。

不確実な確信。
確信とて妄執と変わらない真実。

「信じる」という行為、その観念は、限りなく「狂気」に似ていて。

そもそも信じたものは何だったのか?と突き詰めれば、ただの妄想だったわけでしょ?



さあ、お解り頂けましたね?


世界中の子と友達になれる


松井冬子にとって、このタイトル(言葉)は、「絶望」と「狂気」の象徴なのです。
私の読解が間違っていなければ、そういうことです。


ま、簡単に言えばさ。

ちっちゃい頃、松井冬子は“世界中の子と友達になれる”と確信した。
けど、不可能だと気づいた。
絶望した。
妄執の恐ろしさを知った。
つまり“世界中の子と友達になれる”は、彼女の絶望感の反語ってこと。

おお、分かり易い。
分かる人は、多分これだけで分かる。
分かるか?

てか、私って何なの?
何なの?っていうか、自己満足のためでしょ。




まだまだ続きます。
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いづみ
りくへ

うおっ!滅多にコメントないから、ビビる。
そうみたいよ。納得でしょでしょ。

2012/02/14(火) 21:43 URL edit
りく
反語ってそういうことだったのか…
なっとく!
2012/02/12(日) 23:37 URL edit

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